管理牧師 司祭フランシス下条裕章
26.10.18
マタイによる福音22:15-22
イエスは、「これは、誰の肖像と銘か」と言われた。彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」(マタイ22:20,21)
エルサレムの神殿の境内で人々を教えるイエス。彼を拒み排除しようとする、ファリサイ派やヘロデ党の人々など、当時の宗教的また社会的な指導者たちとのやり取りを通しても、イエスは天の国とその意味を解き明かされました。宗教や政治的な権威や権力や権益を持つ人々にとって、神と人とを結ぶイエスの言説は彼らの在り方への非難として聞こえました。そこで彼らは何とかしてイエスを貶め、排除しようとたくらみを巡らしたのです。
皇帝への税金について用意された問答は、ローマ帝国の属州とされ、国家また民族としての主権と文化を保つことが難しいと感じていた人々の心の、社会への不満や政治的な不安に根差しています。皇帝へ税金を差し出すことは是か非か。これを是とすれば、イエスへの人々の新しい指導者としての期待と支持は失われることとなり、もし否とすれば、ローマと皇帝への反逆者として訴えられることになるでしょう。
しかし、罠にかけ除くため用意されたこの質問に、イエスはまっすぐには答えません。その代わり「税金に納める硬貨を見せなさい」と言って、かれらが日常生活でも用いている硬貨を持って来させ、「これは誰の肖像と銘か」と質します。そこには、皇帝の所用に属することを示す皇帝の肖像(イメージ)と銘が刻まれていました。
旧約聖書にある天地創造の物語は、神は人を神のかたち(イメージ)に創造された(創世記1:27)と伝えています。イエスは、その出来事を踏まえて、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」とさらに語られたのです。言い換えれば「あなたは、神に属するものとして生き、神への信頼によって生活しなさい」ということになるでしょう。大量生産されて人々の財布の中にある硬貨に記された肖像と銘に信頼の基を置くのではなく、神によって一人ひとりに刻まれている神の姿を想い起し、神と人々とそれにふさわしい関りの中に生きよと言われているのです。(F)


