管理牧師 フランシス下条裕章
26.5.31
マタイによる福音書28:16-20
あなたがたに命じたことをすべて守るように教えなさい。私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。(マタイ28:20)
復活の証人とされた女性たちに、天使やイエスご自身から伝えられた言葉に従って、都エルサレムを離れた弟子たちはガリラヤに向かい、山の上で復活のイエスと再会したと、マタイによる福音書は伝えています。イエスはそこで弟子たちに近寄って来て言われました。「私は天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民を弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じたことをすべて守るように教えなさい。私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と。
これから後、世の終わりまで主がともにいてくださる。私たちは決して、一人ぼっちで放置された存在となることはないと宣言するこの言葉によってマタイによる福音書全編が締めくくられています。ところで、神はいつから私たちを孤立した存在としないようになさってきたのでしょうか。
ご承知の通り、旧約聖書は創世記の天地創造の物語から書き始められています。神がその言をもって、この世界のすべてのものを創られたと書かれています。さらに、神に似せて造られた「人が独りでいるのは良くない。彼にふさわしい助け手を造ろう」と言われて、助け弁護する者としてパートナーが与えられたと記されています。この助け弁護する者は、新約聖書の聖霊の働きを示す概念と重なりがあります。すなわち「世の終わりまでともに」とおっしゃる方は、「世のはじめからともに」いて、わたしたちを終始支え続けてくださる存在ということになるのではないでしょうか。
キリストの死と復活は、人が死んでゆくときにも神はその時を共にしてくださり、またともに永遠の命によみがえる希望を表すしるしでもあります。私たちは誰も、一人で生きてゆくことも、死んでゆくこともできません。神と共に、また人々と共に、主は私たちを導きつなぎ続けてくださっているのです。(F)


